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愚者は歴史に学び、賢者は歴史に学ぶ。

ことわざ・故事成語

こんにちは、中小企業診断士のそうむうです。

みなさんは、この諺をご存知ですか?

経験に学ぶっていいことなんじゃないの?
歴史に学ぶってどういうこと?
そんな疑問が浮かんだ人もいるでしょう。

今日はその辺の話をしてみたいと思います。

経験に学んではいけない理由

さて、まず誤解を解いておきましょう。
この諺の本質は、「経験に学んではいけない」ではなく、「経験のみに学んではいけない」です。

よくある経営の失敗例として、過去の成功体験の踏襲するも上手くいかないということがあります。

これは、なぜでしょうか?

理由は、その過去の成功体験が、今回の状況にあてはまっていないからです。
本人からすると、前回と同じ状況のように思えるかも知れませんん。
しかし、如何せん情報ソースが自分の体験のみのため、過去の例がスタンダードなのか例外なのか、客観視しづらいのです。
例外的に成功したのに、それをスタンダードだと勘違いして繰り返しても上手くいくわけがないですよね。

もちろん、自分が過去に経験したことは貴重な財産です。
それは机上の論理より多くのものをもたらしてくれることも多いでしょう。
ただし、「それのみ」を判断の基準としては、判断の精度を欠くかも知れません。

歴史に学ぶとは

では、歴史に学ぶとはどういうことでしょうか。

まず一つに、文字通り、過去の事例(繰り返す歴史)から学ぶと言うことです。

歴史とは何も学校で習う「日本史」「世界史」だけではありません。
時事ニュースなど、すべての人間の営みが歴史です。
そういう事柄の本質を見抜き、エッセンスを取り出して自分で咀嚼することで、自分一人が体験するより多くの知見を得ることが出来ます。

二つ目は、世の中で言われているセオリーや理論を学ぶことです。
それらは、ある日突然どこかの誰かが思いつきで言っただけのものではありません。
提唱されてから、数々の批判、検証、実証実験を経て確認されたり、修正されたりして今日まで生き残り、磨き上げられてきたものです。

これらは、人類の集合知ともいうべきもので、個人の発想や経験談よりもより高精度なものと言えます。

セオリーを知って、経験を活かす

セオリーは大事ですが、それを知るだけでは不十分です。
千差万別、多種多様な状況の中では、セオリーだけでは対処出来なかったり、あえてセオリーを外さないといけない事態が出てきます。

その際に活きるのが経験です。
セオリーをはっきり意識しつつ、経験を元にセオリーをアレンジすることができるか、というのが応用力ということではないでしょうか。

そして、セオリーをアレンジしたり外したりしつつも、どのセオリーからどう離れているのかということが自覚できていることが大事です。
セオリーに軸足を置いて経験を活かすからこそ、自分の行動がスタンダードなのか例外なのかを認識できます。
自分の行動がセオリーを外れた例外だと認識していれば、上手くいかなかったときに軌道修正も比較的容易でしょう。

しかし、経験と勘だけでだとしたらどうでしょう。
過去の成功体験を活かそうにも、どこをどうアレンジしていいかわからなくなります。
上手くいかないときに、何を拠り所に考えればいいのか分からなくなります。
勘が外れたらそれまで。途端に行動に窮してしまいます。

過去の事例や理論などの知識と、自分の実体験という車の両輪を上手くかみ合わせて判断していきたいものですね。

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